受動喫煙に晒された後、回復までの闘病記

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受動喫煙症の主な症状としては、頭痛、吐き気、倦怠感、気分の落ち込みなどある。しかし、人によっては他の症状が出たりもする。
仮に他の症状が出たとしても、受動喫煙症と認められないという訳ではない。
と言うのも、日本で受動喫煙症が問題になってからまだ年数が浅いため、医学界も全体を掴めきれていないからだ。

つまり現段階ではこうなる。
”煙草によって体調不良がでた場合、その深刻度によっては受動喫煙症と認定される可能性が高い”

受動喫煙症の症状は人様々

受動喫煙症の症状は人様々
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煙草の煙や臭いが原因による不調は、同じ受動喫煙症の患者でも、一緒の症状が出たり違った症状が出たりする。
また、その場でではなく数時間後に出てくる症状もある。自分がまさにそうだった。

そこでここでは、僕が煙草の煙と臭いでどんな症状が出たのか、闘病期間中にどんな対策をしたのか、そして回復までに何日かかったのかを書いてみたい。
受動喫煙症レベル3と診断された者の悪戦苦闘の様子である。

そこは煙草の煙の巣窟

そこは煙草の煙の巣窟
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マスコミの隅っこで細々と暮らしていた当時、仕事終わりや打ち合わせといっては居酒屋へ流れるのが常だった。
業界柄なのか煙草を吸う人が多くて、僕の周りの人全員が喫煙者だった。そんな彼らと酒を飲み、仕事の話やそうでない話など延々と続けていた。

翌日に体調が悪くなることは毎度だったが、当時は受動喫煙症という言葉も知らなくて、自分が病気だと分からなかった。
もちろん二日酔いの頭痛はあった。
でも、体の不調は煙草が原因だと気づいていた。だから飲みに行くということは、次の日からの寝込みを前提にしていた。

酒で酔ってしまい、翌日からはじまる悪夢をひとときでいいから忘れてしまおう、そんな諦めと覚悟でヤケ酒を何杯も飲んだものだった。

受動喫煙の後遺症との闘病がはじまる

受動喫煙の後遺症との闘病がはじまる
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明けて昼過ぎに、頭痛とヤニの味しかしない舌のせいで、どん底に落ち込んだ気分で目を覚ます。

受動喫煙症患者は、一般的には頭痛や吐き気、喉の痛み、倦怠感、精神的な落込み、関節痛、顔などの皮膚表面がズキズキするなどの症状に悩まされるらしい。

これらの症状のなかで、頭痛や倦怠感や精神的な落込みなどは、自分にも当てはまった。
しかし個人的に一番酷かった症状は、舌全体が煙草の味しかしなくて、味覚がなくなってしまうことだった。これが辛かった。

ヤニの味しかしない舌

何を食べても煙草の味しかしない。唾までも煙草の味がして、飲み込むたびに嫌な気持ちになる。味覚が狂ってしまったかのようだった。

そんな舌を麻痺させようと、レモン果汁や梅干しなど酸っぱい物を大量に食べる。濁った味覚を感じないようにするためだ。

酸っぱさだけで、舌から煙草の味は消えてくれない。
今度は飴や黒糖の塊のような、味が濃くて口の中に長く残る物を食べる。唐辛子など辛い物も食べる。様々な味の濃いものを、終わりなく食べ続ける。無理矢理に。

重い体をやっとのことで起こして、這うように風呂場へ行く。
シャワーを最強にして、開けた口に大量に熱湯を放り込む。長く出した舌に、勢いよくお湯を当てる。
舌にこびりついている煙草の味が、洗い清められるように流し落ちてくれないか願いながら、浴び続ける。

ベッドに戻って、体を丸めて布団を頭からまた被る。酸っぱいもの、辛いものを口の中に押し込む。
これをくり返す。まさに毒をもって毒を制すだ。
でも、その効果はほんの一時で終わってしまう。虚しさだけが頭をずっと満たす。

空っぽな時間を埋める唯一の手段

空っぽな時間を埋める唯一の手段
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寝込んでいるあいだは、目を使う行為ができない。ネットや読書などもってのほかだ。
布団を頭から被って、ただじっとしているだけ。
頭を働かせようとすると、こんな状況に追いやってしまった自分を嫌悪する発想ばかりしてしまう。

唯一できるのは、オーディオブックで朗読や講演を聴くこと。耳だけは受動喫煙が及んでいなかった。
音楽は大なり小なり音の強弱があって、それに感情がつられて症状を重くしかねない。でも、オーディオブックなら声の調子も一定だ。強弱の乏しさが、逆に安心して耳を澄ませられる。
イヤホンはしない。声の振動が頭痛に響くからだ。スピーカーから小さな音で流し、その声に意識を向ける。

こうすることで、落ちてゆく自分をなんとか留めようとしていた。いま襲ってきている台風が過ぎ去る、そのときをただ待つだけ。
受動喫煙症の症状がでた初日は、こんなふうに過ぎていったものだった。

回復の兆しを感じる二日目

味覚の麻痺、頭痛、自己嫌悪の一日目を必死に耐え、二日目も半分が過ぎようとするころになると、症状が少し穏やかになりはじめる。
体を楽に起こせるようにもなり、頭も働くようになってくる。ネットなど、視覚から情報を得ようとする気力も戻ってきている。

それにつれて、精神も安定してくる。
頑張るという気持ちを持てるようになってきている自分を感じる。
明日にはほぼ回復しているだろう、そんな小さな希望を抱きながら静かに過ごす。

復活の三日目

復活の三日目
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目が覚めた三日目は、辛さがほぼ消えている嬉しさを感じながら体を起こす。
久しぶりに気持ちの良いシャワーを浴びる。体にへばりついた嫌な気持ちを洗い流すように、丹念に全身を洗う。

白湯をゆっくりと飲む。
舌から煙草の味が消えているのが分かる。生暖かく味のないお湯がジンワリと舌を温めていく。
ゴクンと飲み込むと、ほんのりと甘さを取り戻した唾と一緒になって、食道を通過していく。
普通に戻った、そう実感する至福の一瞬だ。

体力が回復し味覚が復活した。その喜びを大量のミネラルウォーターと新鮮な果物で祝福する。

最悪の闘病期間を経て

これが煙草によって受動喫煙症の症状がでた翌日からの、三日間だ。
この地獄の三日間を、いったいどれだけ繰り返しただろう。
回復までにかかるこの三日という日数は、経験から思い知らされた。本当に、もう二度と味わいたくない人生最悪の日々。

ふと思ってしまう

ふと思ってしまう
Photo by Avery Evans on Unsplash

こんなこと意味がないと知っていながら、考える。
喫煙者は、自分たちの行為が身近の他人にこんな被害を与えていると知っているだろうかと。

煙草を吸っている彼らの姿はしごく日常で、いかんとも気持ちよさそうである。
しかし隣には、それが生みだした辛さで苦しんでいる者がいる。
そんな想像ができるだろうか?おそらく、できないだろう。

いったい何が悪いというのか

かと言って、喫煙者を一方的に責められるわけでもない。それも分かっている。
では対策はあるのかと言えば、その場にいる限り、一つもない。

自分でも、この飲み会は仕事の一部だと割切って、腹をくくって臨んでいた。
受動喫煙症の症状がでることも承知のうえで参加していた。だって仕事なんだもの。

だから、仕事から離れた。
それ以後、仕事仲間との付き合いはプッツリ切れた。
自分にも合っていたし好きな職種だったが、体に無理を課していた環境での仕事とは、しょせんその程度だったなと思い知った。

自分が受動喫煙症の症状で苦しんだのは事実だ。では、この責任はどこにある?
そう考えると、あちらの喫煙者を責められないのなら、自分にたどり着く。
要は、そんな環境に自分を甘んじさせていた自分が悪いのだ。

結論はこうなった

結論はこうなった
Photo by Jeremy Bezanger on Unsplash

自分を責めるとはいえ、もう過ぎ去ったことだ。
もう、あのような環境へ身を置くことはしない。それが自分のためであり、相手のためでもある。

行動と人付き合いの範囲が、ある種狭まったのは事実だ。
でもそれでよし。別の道を模索することにした。
いまはその只中にいる。