受動喫煙症患者が、かつて煙草を吸い始めたきっかけ

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煙草の煙で体調不良になり、受動喫煙症レベル3と専門医に認定された僕だが、かつては煙草を吸っていた時期もある。
そのきっかけは、大学に入りアルバイトをし始めたことだ。
当時はまだ煙草に寛容で、テレビCMも大量に流れていた時代だった。受動喫煙という言葉も、まだ一般的ではなかったと思う。

ここでは、どうして煙草を吸うようになったのか、そのきっかけになった出来事を思い出しながら書いてみたい。
それはちょっとした一言にかきたてられた好奇心だった。そして煙草は、憧れを身近に感じさせてくれるものになった。

そこは煙草の煙に包まれていた

受動喫煙症患者が、かつて煙草を吸うきっかけになったのは、大学生時代のバイトだった。
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大学生になり、生活費を稼ぐためにバイトをしなくてはいけなくなった。
最初に選んだのがホテルのレストランバーで、仕事は夜10時から午前2時30分までのウェイターだった。
このバイトに決めたのは、従業員食堂があって無料で食事がとれたことと、従業員用のお風呂があったことだ。
それまで自炊したことなかったし、6畳一間の風呂なしマンションだったから、どちらの問題も解決できると考えたからだ。
おまけに通勤の交通費に加えて帰宅時のタクシーチケット配布もあり、仕事にお金を使う必要がなかった。

その浮いたお金を、映画や芝居を観たり美術館へ行ったりなどに当てようと目論んでのことだった。
それはそれで達成できたし、仕事は何かと大変だったが、食事と入浴という大きな見返りがあったので続けられた。

誰もが喫煙者

お店はローストビーフとお酒が自慢で、だから必然的に煙草が吸える環境でもあった。
僕自身も、他人が吸う煙草の煙で体調が悪くなることもなかった。煙草の害なんて、知るよしもなかった。

深夜という時間柄、水商売のアフター客が大勢来ていたので、あちらの席からこちらの席へと煙草の煙が立ち上る中を料理をせっせと運び、空いた皿を急いで片づけていた。

店長をはじめホールの従業員の多くは喫煙者だった。これは別に何とも思わなかったが、料理を作るスタッフ全員が喫煙者なのには少し驚いた。
味覚が大事な職業なのに煙草を吸って大丈夫なのかと、要らぬ心配をしたりもした。

一度、吸ってみるのもいいよ

煙草を吸うきっかけは、バイト先の店長の軽い一言だった。
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そんな職場に夏近くに入り、大学も夏休みになって、夕方6時から出勤するようになった。
忙しい一日を終えると、スタッフがカウンターに座って、お疲れさんの一杯を飲むのが日課だった。
そんなとき、店長から言われた。「煙草も一度吸ってみるといいよ」と。

なぜ店長がそう言ったのかは覚えていない。
でもたぶん、煙草を吸うことで得られるメリットがあるという喫煙者の体験談なのだろう。

それは例えばこんなことだ。
手持ち無沙汰の間が持つ、忙しさのなかに一息ホッと入れられる心地よさ、喫煙者同士の仲間意識が生まれるなど。
また、こんなことも言いたかったのかもしれない。煙草を吸う男は格好良く見えるから、女にもてると。

煙をくゆらしながら中ジョッキを飲む店長は、人生の先輩ように映り、目に焼き付いた。
「なるほど」と、これまで抱いたことがなかった感情が湧いた。
僕が煙草に関心を持ち始めたきっかけは、こんな一言だった。

でもいま思い出してみると、職場の喫煙者がモテていたのかは疑問が残る。
店長と料理人の一人は所帯持ちだったから、少なくとも女性一人にはモテと言えるのだろう。
だが他の喫煙者たちはみな独身で、女とは縁のない仕事漬けの毎日を送っていた。

物は試し

バイト先の店長の一言がきっかけで、自動販売機で煙草を買ってみた。
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それでまずは手始めにと、煙草の自動販売機で目についた銘柄を買ってみた。

誰であろうと、いつであろうと、当時は自販機で煙草が買えていた。
思うに、ちょっとした好奇心を簡単に満たせてしまうこの気軽さが、常習者にさせるのではないか。
これは何も、煙草に限ったことではないだろう。

ミテクレで選ぶ

味を知りもしないから、箱に描かれた模様や色といった外見で気に入った煙草を選んでみた。
赤系統のラークやラッキーストライク、青系統のピースマイルド、黄色のキャメルやキャスターマイルド、緑系のゴールデンバット、銀色のフィリップモリスなどだ。

フィルターが白色か茶色かで選んだりもした。
白色はなんだか年寄りっぽく見えて、茶色は格好良く思えた。僕ならこちらかなと。選択なんて、そんな程度だ。

煙草を口でくわえると唇にヤニの色がつきそうで嫌だったから、フィルターを歯で噛むようにしていた。だから、ある程度はフィルターが堅めの銘柄を選んでいた。

違いの分からない男

肝心の味は分かる訳もなかった。
せいぜい煙が臭いか穏やかか、味が少し甘いか強いか。そんな程度だ。

色々と試して落ち着いたのが、ラークマイルドだった。味のうまさで選んだわけでもなく、特に可もなく不可もないという着地点だった思う。
パッケージが赤一色ではなく、あいだに挟まれている白色が、刺激のマイルドさを象徴しているように見えた。

こんなふうに、煙草に対して積極的に嗜好を求めたのではないから、ヘビースモーカーにはならなかった。
せいぜい吸って一日に十本。それ以上吸うと気持ち悪くなった。
普段は三本から五本で足りていた。

職場の社員が「やっぱりセブンスターだよなあ」と美味そうに煙を吐くのを見て、凄いなあと思ったものだ。

自宅や大学では煙草を吸っていたが、仕事場では吸わなかった。煙草を吸っていない奴と思われていたから、吸う姿をさらすのを躊躇ったのだと思う。

憧れとの遭遇

自動販売機でフランス製の煙草ジタンレジェールを偶然に見つけて驚いた。
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ある日、お客さんに頼まれた煙草の在庫がお店にないことがあった。
向かいのビルには沢山の銘柄が買える自動販売機があるからと、数百円を手渡されて、お使いに行ってきてと言われた。

階段を上がって自販機を眺めると、確かにズラリと並んでいる。これまで見たこともなかった外国製の銘柄も多い。
その中に、ジタンレジェールを見つけた。
フランスを代表する俳優や芸術家、たとえばイブ・モンタンやセルジュ・ゲンズブ―ルなどが好んで吸っていたフランス製の煙草だ。その軽いタイプのレジェールが売っている。

フランス語を専攻していた僕は、フランスの一部を間近に見つけたようで、驚きと嬉しさを抱いた。
ここにフランスの煙草が売っている。
しっかりと頭に叩き込んで、お客さんの煙草を買って店へと戻っていった。

ジタンレジェールを買う

フランス製の煙草ジタンレジェールを買った。

仕事が終わって向かいのビルへ駆けていった。3段にも4段にも並んでいる煙草の列の一番上の端っこに、ジタンレジェールが輝いている。
縦型の煙草たちのなかで、一つだけ横に長く幅をとっている。
濃い青色の背景のなかに、水色と白色が大きな曲線を描きながら、上から下へと川のように流れている。
踊る女性のシルエットが、どこか非日常な印象を抱かせる。都会のなかに舞うラテンのエキゾチックだ。

文字と色を記号としてしか表していない幾多のパッケージデザインの中で、ジタンレジェールは他を全く気にしない独自性を見せている。でもそれを、わざわざ主張してもいない。そこがとてもお洒落だった。
他の煙草より少し割高なのが、どうだって言うのか。
一目惚れ、そんな体験だった。

フランスの香り

折りたたみ財布ほどのしっかりした箱型の封を切る。側面を押して内箱をスライドさせ、煙草を取り出す。
これまで吸ってきたのとは少し違う、濃い香りがふんわりと広がる。
これがフランスの煙草なんだな。白いフィルターなのも、許してしまおう。

一本口にはさんで、火をつけてみる。
息を吸い込む。濃い煙の味が、舌を通して脳味噌を打つ。日本の煙草では嗅いだことがなかった匂いだ。正直に言って、臭い。
学校を出て煙草を吸いながらバス停へ歩いていて、遠く後の同級生が、煙草の臭いで誰か分かると言ったことがあった。それほどジタンレジェールは独特の臭いがした。

家ではジタンを吸いながら、ワインやデュボネを飲んだりもしていた。
ワインに薬草をまぜたデュボネは、1920年30年代のパリのポスターや写真、当時を舞台にした映画などで知って、憧れて飲み始めた。

酒も煙草もここで覚えた

煙草にくわえて酒を覚えたのも、バイト先のホテルバーだった。
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酒を覚えたのも、このレストランバーで働き始めたのがきっかけだった。
系列のお店にソムリエがいて仕事あがりに食べに来ていたから、ワインのことを色々と教えてもらった。

ワイングラスの柄を指で挟んでクルクルと回す仕草は、本人は全然なんだが、とても格好良かった。
グラスの中のワインがスポットライトを浴びてルビー色に光る。その一筋が眼鏡に反射すると、物静かな平凡男がダンディーに目に写ってしまう。

酒と煙草とバー。
雰囲気は場所と道具で演出できる。恋も色もはじめやすいし、はじまりやすい。
校外で目にし覚えた学びは、二十代前半を豊かにしてくれた。

日本では味わえない

フランス滞在中は、日本では見かけない煙草を吸っていた
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そんな学生生活を数年過した後、フランスに滞在する機会を得た。
その時には、日本では売られていないチェスターフィールドやロワイヤルを好んで吸っていた。
チェスターフィールドは少し軽めで美味しく、ロワイヤルは濃厚で豊穣だった。

本場フランスのジタンも試したが、味も臭いも強すぎて続かなかった。ジタンレジェールは横長の箱ではなく、ごく一般的な縦型の紙包みだった。
同じフランス煙草のゴロワーズは、馴染みやすい味がした。

大雑把に言えば、フランスの煙草は日本のともアメリカのとも少し違った味がして、自分には合った嗜好品だったと思う。

煙草を吸った数年間の後

二十代半ばまでは、こんな風に煙草を吸う数年間が続いた。
それが、ある出来事をきっかけにして、煙草の臭いが全く駄目になってしまった。
ヘビースモーカーではなかったが、まるで振り子が右から左へ大きく振れるように、体が煙草を受け付けなくなった。いわゆる嫌煙家というやつになった。

この話は、また別のところで書いてみようと思う。