なぜ受動喫煙症と分かったのか?その経緯と診断書発行

Darko StojanovicによるPixabayからの画像

タバコの煙で頭痛がしたり喉が痛くなるのは、ほとんどの人が経験しているだろう。
吸っている本人でさえ、そんな症状を訴えたりする。まして、吸わない人にしてみれば、招かざる客のごとく迷惑でしかない。
数年前、願わずしてそんな環境に身を置くことになってしまった。それは悪戦苦闘し、どうしたものかと試行錯誤の連続だったことを鮮明に覚えている。
ここでは、受動喫煙に苦しむことになった始まりと、受動喫煙症の診断書を書いてもらうまでの経緯を書いてみたい。

そこは煙で満ちていた

そこは煙で満ちていた
Photo by Emil Kip on Unsplash

放送関係の仕事を離れてから、一時期、派遣社員として働いていた。職場は某大手物流の巨大倉庫兼事務室だが、喫煙室のほかはどこも禁煙になっていた。

だが、この喫煙室が事務所の入口横にもうけられていたのである。ドアがある小部屋にはなっていたが、ドアの隙間から煙草の煙が漏れ流れ出てくる。

朝出勤すれば、誰かが必ず喫煙室で煙草を吸っている。ドアは閉められているが、その横を通らないと事務所へは入れないので、煙草の煙が漏れているのがすぐ分かる。

遠くから小部屋の中を見ると空気清浄器が設置してあるようだが、全く役に立っていない。
それどころか、空気の排出口が窓の横に取り付けられていて、煙が立ち昇っていたりする。駐車場から事務所へ歩いている時など、そこはまるで工場の煙突のように見えたものだ。

正確には知らないが、仕事中は建前上は禁煙のようだった。煙草を吸っていいのは、仕事前とお昼休みと仕事終わり。これに10時と3時の休憩が加わる。

でもこれは喫煙を前提とした決まりだ。嫌煙家にとっては、喫煙所のそばを通らなければ一休みにも行けない休憩は、苦痛以外の何物でもなかった。

建前上と書いたのは、煙草を吸う社員はストレスが溜まると、速足で事務所を出て行っていたが、あれは煙草を吸っていたのだろう。なんたって、煙草臭い息で帰ってきていたのだから。

それが直属の上司だから、堪ったものじゃなかった。

上司=怒声+煙草臭

上司=怒声+煙草臭
Photo by engin akyurt ,Pascal Meier on Unsplash

僕は、取引先へ提出する書類をエクセルで作成する仕事を任されていた。手本としてこの上司からマニュアルを渡されたが、これがてんで理解できないのだ。
漢字が間違っているのはまだ許せるが、主語が抜けているうえに”てにをは”が不自然で、何を言いたいのかさっぱり分からない。
おまけに、文章に添えられている画像の順番が入れ替わっていて、参照にならないどころか、逆に混乱させる。

こんなマニュアルを渡されて戸惑っていると、頭ごなしになじってくるのだ。
でもこちらは、この人が何を怒鳴っているのかも分からない。ドヘタなマニュアルと怒りを結びつけられなかった。だから、ただジッと黙って貝のように固まるしかなかった。

後で同僚が教えてくれたが、どうやら僕の前任者が上司の怒りの原因だったらしい。
その前任者は、パソコンが得意だからこの仕事をやらせてほしいと立候補したのはいいが、「私、Mac派だから」と途中で投げ出したとのこと。
その余韻を上司は引きずっていたのだろう。どうせ今度の奴も出来ないバカ野郎なんだと。

そんなわけで、仕事は大荒れの暴風雨から始まった。怒声を発した次の瞬間はササっと事務所を出て行き、ものの一分で戻ってくる。
また怒声が、煙草臭い息をつけ足して上から降りかかってくる。この繰り返しだった。

当時をいま振り返れば、僕のメンタルも麻痺していたのだろう。その麻痺を自覚するだけの冷静さもなかったと思う。

その場に居合わせていた事務の女性が後になって、「よく耐えられていたね」「私なら到底無理」と打ち明けてくれたほどだ。
一人からだけなら、個人的な感想だろうと片付けられもする。でも二人から別々に言われたのだから、その時の上司の怒声と僕の忍耐は、はた目にも相当に映ったのだろう。

もう少し僕に状況を客観的に捉える冷静さがあったのなら、モラハラだパワハラだと伝えられただろう。
でも不出来なマニュアルに面くらい、それを正当化する突然の怒声に凝り固まってしまった。
もしかすると、言われないイジメに耐えるいじめられっ子って、あんな状態なのかもしれない。

そんなイジメの火も、自分なりにマニュアルを読みくだして仕事を理解しはじめると、小さくなっていった。
漢字を訂正し、足りない言葉を付け加え、入れ違いになっている文章と画像を矢印でつなげると、新品だったマニュアルは幾つもの付箋が貼られた紙の束に変わり、紙面はマーカーのオレンジ色で埋め尽くされていた。
仕事を離れる時、この紙くずはマニュアルのマニュアルとして、僕の後任者が大事そうに受け取った。

壁の臭いは歴史の証

壁の臭いは歴史の証
Photo by Josh Wilburne on Unsplash

さて、禁煙であるはずの事務所だが、入口のすぐ隣には喫煙室がある。その喫煙室からはドアの隙間を通り抜けて、煙草の煙が流れ出している。
その煙は、もちろん煙草の臭いをともなっている。
その臭いは、通路や事務所の壁に染み込んでいる。焼肉屋のあと、服に焼肉の臭いがついているのと同じだ。

服なら洗えば臭いはとれるが、壁は洗濯物ではない。それに長年に染みついた煙草の臭いは、消臭スプレーを振りかけたところで消えてもくれない。雑巾で水拭きしたところで完全に落ちない。
焼肉屋の壁の焼肉臭さが店の歴史を物語っているように、長年の煙草の臭いが壁と一体化しているのだ。

だから毎日が煙草の被害に遭いに行くようなもので辛さしかなかった。でもそのときは他に生活の糧を得る手段がなかったから、致し方なかった。

せめてもの対策として、マスクを二重にして、間にウェットティッシュをはさんでつけていた。
福島の原発事故後に、環境活動家の田中優氏が、放射能対策としてマスクにウェットティッシュをつけると効果的だと話していたことを思い出した。
もしかして、煙草の煙にも効果あるかもと試してみた。完全にとはいかないが、少しは効いたようだった。
こうして夏も冬も絶対にマスクを外さなかったから、事務室の人は僕の素顔を見たことはなかった。

すきまを通り抜けて、やってくる

すきまを通り抜けて、やってくる
Photo by Mika Baumeister on Unsplash

こんな完全防備をしていても、煙草の臭いはマスクの繊維のあいだを通って口や鼻を刺激してくる。だから第二の対策として、常に飴をなめていた。
そんな毎日だから飴の消費量も多く、飴が何で作られているのかにも気をつけるようになった。

多くの飴は白砂糖を主な原料にして作られている。甘さと安さで選べばこれらの飴になるが、健康を考えるとそうはいかない。
やがて白砂糖で作られていない飴を探すようになり、蜂蜜だけだったり黒砂糖の飴を選ぶようになった。

こんな小さな自己防衛策を続けていても、怒声が消えるようになっても、上司と話すことは避けられない。
それはおのずと、煙草臭い息を吸い込むことを意味した。人の息というのは、普通の会話でも思いのほか届くものである。
二重のマスクも、飴の甘さも、直接吹きかかってくるヤニの息の前では無力に等しかった。

どうすれば良いのかと思案したあげく、ミント味のブレスケアを多めに口に含むことを思いついた。ミントの強烈な刺激で一時的に舌を麻痺させて、ヤニの苦さを感じさせないようにするのだ。それはまるで、カンフル剤やショック療法のようだった。

こうして何とか仕事を続けていた。
でも、こんな環境で長く働くことは到底無理というものだ。かと言って、すぐ辞めるわけにもいかなかった。
この仕事をしながらも何か改善策はないものかと考えながら、自分の不調を救ってくれる何かを求めてネットという海原を漂う日々が続いた。

受動喫煙症かも

受動喫煙症かも
Photo by Tai’s Captures on Unsplash

そこで見つけたのが、受動喫煙症という言葉だった。
当時、煙草の害について書かれてあるウェブサイトというのは、煙草を吸うと健康を損ないますという視点からがほとんどだった。
ようやく受動喫煙が問題のまな板にのった段階で、受動喫煙症については呼吸器科や循環器科の開業医が日記で書いている程度だった。

様々なページを読んでいくと、受動喫煙症にはレベルが5段階あり、症状によっては病気と認定されると書いてある。認定医の問診を受けて、診断書を作成してもらうこともできるらしい。

まずはYES/NOチェックで自分が5段階のどれに相当するのかを試してみると、レベル3の判定になった。診断書はレベル3以上だと発行される。

仕事を辞めるにしても、このまま黙って去るのは何か腑に落ちない。
お宅はこんな被害を野放しにしているんですよと、しかとした証明を提示して言ってやりたい。
それに次の仕事を探すにしても、診断書を持っていれば、またもや煙環境の職場かという痛恨のミスを犯す危険性を減らせるだろう。
そう考えて、仕事を早引けして隣県の認定医院まで車を飛ばした。

レベル3

レベル3
Photo by Usman Yousaf on Unsplash

住宅街の一角にある医院は駐車場少なく、隣の薬局に断って店前に停めさせてもらうような小さな開業医だった。
受付をすませてソファに座ると、周りはコタツからそのままやってきたような年配者ばかりだった。

「遠いところ、わざわざどうも」
こう問診をはじめた医者は、僕の話をうんうんと聞き、多くを言わず受動喫煙症ですねと診断した。
気分の落ち込みと、舌がヤニの味しかしなくなる味覚障害が酷いですと伝えると、医者は「ほう」と言ってペンを忙しく働かせた。

レベル3ではないかと思うんですけどと言うと、「よくご存じで」と返して来た。
待合室で座っていて、隣にきた老人が煙草臭いのが分かりましたと言うと、「ああ、あの人ね」と小さく笑った。
治療法はあるんですかと質問してみたが、「いや、煙草の煙に触れないことしかありませんよ」と言われた。

受動喫煙症は、ようは化学物質過敏症なんだと。
例えば、新築の家の壁紙に含まれている化学物質のホルムアルデヒドで、咳や頭痛の症状がでる人がいるのと同じ。
壁紙の場合は、症状が出る原因が判明しているから対策としての治療もできる。

でも煙草では、ニコチンやタールが体に悪いとは分かってはいるけれど、受動喫煙症の原因だとまだ証明されていない。
実際のところ、煙草には百種類以上の化学物質が含まれていて、どれがあなたの受動喫煙症を引き起こしているのか分からない。だから、人によって出る症状も様々なんだと。

そして「倉庫や運送関係は業界的に煙草吸いが多いからね」と呟き、このままだと受動喫煙症の症状が常に出ているレベル4になると付け加えた。
僕は、限りなくレベル4に近い3らしい。

絶望的な烙印を押されたごとくだった。受動喫煙症レベル3の診断書はその証明となった。
反面、ほっと一安心もした。

自信を持って病気持ち宣言

自信を持って病気持ち宣言
Photo by Jakayla Toney on Unsplash

診断書を手にした後しばらくは、どう言いだしたものかと思いあぐねていた。当の煙草上司に面と向かって言うのも角が立つだろう。あちらは、気をつけますとしか言いようがないし。しかし、いったいどう気をつけるというのか。
でも教えてくれないでくれ。煙草臭い息をがきたくないから。

事態が前にも後にも進まない日が続いたある暇な土曜日、臨時出勤していた派遣社員の意見を聞こうと、事務所の所長が場を設けた。

煙草上司は業務の滞りない進捗が仕事だが、この所長は対外的な折衝を担当している。職場環境に至らぬ点があるという会社の評判も気にするに違いない。そう思って、診断書を見せながら一言申し上げた。

酒にも煙草にも縁がなく、いつもコーラばかり飲んでいるこの所長は、僕の打ち明け話を聞いて「そんな臭い全然感じなかった」と呑気に驚いた。

まあ認めてやろう

まあ認めてやろう
Photo by George Pagan III on Unsplash

とある夕方、機嫌よい上司が近づいてきた。
その口は上下に激しく動いてクチャクチャと音を立てている。いつもと違う甘ったるい香りが漂っている。

そうなのか、所長から言われて彼なりの対策をしているのか。
ふと事務所の棚を見れば、消臭スプレーが置いてある。こんなもの、いっときの気休めにもならないが、所長なりの気づかいではあろうと察せられる。
診断書の効き目は、まあ、あったと言えるだろう。

とは言え、僕は相変わらず、ウェットティッシュを挟んだ二重マスクを外すことはなかった。蜂蜜飴もブレスケアも食べ続けた。
こうして契約期間が満了するまで、仕事を大人しくこなす日々を過ごした。

すべて終わったこと

すべて終わったこと
Photo by Giu Vicente on Unsplash

これが、煙草の煙と臭いに苦しみ、自分が受動喫煙症だと分かった一部始終だ。
怒声はバカ野郎の言うことだからと内心さげすむこともできたが、煙草はそうもいかなかった。

放送関係の仕事をしているときも煙草による症状はあったが、毎日煙に晒されていたわけではなかった。だから深刻さに欠けていたのかもしれない。
それが煙草の渦中に放り込まれたのだから、命がけにもなったのだろう。

その倉庫は、親会社がアメリカの会社と契約を交わしていたが決裂し、閉鎖になったとニュースで知った。